Here's looking at you, kid.
「よぉ! どこか飯食いに行こうぜ!」
プロイセンはへらりと笑い、ハンガリーに声をかけた。呆れ顔で振り返った彼女は、これ見よがしのため息をつく。内心では、表情どおりに「懲りないなぁ」とつぶやいている。
彼女の反応は至極まっとうなものだった。誰でも、数百年前から会議が終わるたびに食事に誘われていればまたかと思うだろう。
もっとも、普通なら、ある回数を過ぎると仕方なく折れて付き合うものなのだが。
「あんた、今日はドイツのサポートなんでしょ?」
「ヴェストなら一人で大丈夫だろ」
それは同意だが、ちょろちょろと付きまとわれるとうっとうしい。しかし、会議が終わったばかりでヒットポイントを削られていた彼女には、適当にあしらうだけの余力がなかった。
よって、一番楽だが何百年にも渡って使わなかった選択肢を選ぶ。
「そっちのおごりなら、別にいいけど」
「え」
彼は目をみはった。やがて口元がつり上がり、締まりのない表情になる。喜色満面だ。
「マジで?」
「自分から誘っといて、なにその反応」
にらみつけても、でれでれした顔は変わらない。
「お前、いつも断るだろ」
断られると分かっていながら何百年にも渡って誘い続けるその心境は、彼女には理解の外だった。
「ムカつく顔を見ながら食事する趣味はないのよ」
辛辣なことを言われたにも関わらず、笑みは崩れない。相当嬉しいらしい。
「ホテルに一度戻って、着替えてから行くから。店の場所教えて」
「迎えに行く」
今にも躍り上がりそうだ。単純極まりない。国民が見たら幻滅するのではないだろうか。
なにやら頭痛がしてきて、ひたいを押さえた。
「じゃあ九時に、ホテルのロビーでね」
シャワーを浴びて、スーツから私服に着替える。どうしてこんなことになったんだろ、と早くも浅はかな選択を悔いつつ、ロビーまで下りる。
約束の時間よりも十分ほど時間がある。多分まだ来ていないだろうと思ったが、首をめぐらす。
「よお」
いた。
「早かったな」
「……あんたもね」
彼も着替えていた。着崩しているが、彼らしいと言えば彼らしい。
「じゃ、行くか」
「……」
ここまで来たなら、もはやなにも言うまい。彼のあとについてタクシーに乗り、展望ビルの混雑している最上階レストランに到着する。
「こんなに混んでて大丈夫?」
「おう、任せとけ」
ウェイターと彼はなにやら言葉を交わす。するとウェイターはうなずき、彼らを席に案内した。大きく取られた窓のちょうど真ん中で、夜景が一望できる。おそらく特等席だろう。
「なんで入れたの?」
「ここのオーナーがガキのころ、面倒を見てやったからな」
「ふうん」
国として生きる彼らにはそういったツテが多い。彼女自身、開店から数代に渡ってひいきにしている店がある。
注文した料理が届くまで、彼女は頬杖をついて窓の外をながめた。道路にはテールランプが延々とつながっている。ガーネットやルビーを数珠つなぎにしたようだ。
「ハンガリー」
視線は外に向けたまま適当に返事をする。
「なんか二人で飯食うの、久しぶりだな」
ちら、と視線を送る。彼も同じように夜景を見ていた。
「そうね。昔はほとんど毎日一緒だったけど」
彼らがまだ子どもだったころの話だ。自分が男だと勘違いしていた時代は、彼女にとっては思い出したくない黒歴史だったが、この男がいるとイヤでもほじくり返される。
「あのころはラクでよかったのになー」
「オッサンくさいわよ」
「何百年も生きてりゃ、……」
彼が言葉を区切ったのは、ウェイターがボトルを片手にやってきたからだ。透明でつるりとしたグラスに金色のアペリティーフが注がれる。グラスを目の高さにまで上げた。
「君の瞳に乾杯」
「ぶっ」
予想外の言葉に吹き出してしまう。大声をあげて笑いたかったがこらえた。身体がぷるぷる震える。
「おい、笑いすぎだろ」
心外そうな顔がまた笑いを誘う。腹筋が壊れてしまいそうだ。
「あ、あんたがそのセリフ言うとか、超似合わない……っ!」
むっとしていた彼は、やがてニヤリと笑った。
「百万ドルの夜景も、君には敵わないよ」
「ちょ、やめて」
笑い病が収まるまでは時間がかかった。どうにか息を整え、グラスに口をつける。熱を呼ぶ液体が喉から落ちていく。テーブルに戻すと、ガラスの表面に赤が映った。
食事のあと、特に寄り道はせずにホテルに戻った。アルコールが脚に来てふらつく。不本意ながら彼に肩を借り、宿泊している部屋まで向かう。
酒のせいか、なんだか気分がいい。小さな声ででたらめな歌を口ずさむ。
「なあ」
「なによぉ」
視界がわずかにボヤける。けれど赤紫の瞳は分かった。こっちをじっと見つめている。
「また、一緒に行かないか」
「……」
「俺がおごってやるから、さ」
足を止める。彼もつられて立ち止まった。
「プロイセン」
身体を押しつけ、首に腕を回して抱きつく。彼は分かりやすくたじろいだ。それがどうしようもなくおかしい。
「ホント懲りない奴よね、あんたって」
「まあ、な」
髪に彼の手がふれる。無骨な見かけに似合わない、優しげな動きだ。
「昔からなぁんにも変わんない」
ふふ。笑う息がこぼれた。
防衛を任せた土地を自分のものだと宣言したり、ボコボコにして追い返してもまたやって来たり。呆れるくらい自分の道を突っ走っている。
彼のうなじにふれて、襟足の髪を指ですく。ウサギの毛のようにしなやかでクセがある。
「で、どうなんだよ」
「うーん、そうねぇ」
銀髪をくるくると指に巻きつけながら、間を置いた。不安げな気配が伝わってくる。
「……懲りないでずっと誘ってくれるんなら、考えとくわ」
↑普通系目次に戻る
↑小説総合目次に戻る
12345ヒット記念に花沢さんに捧げます。
リクエスト内容「原作設定で甘い普洪」
09/07/05