警笛鳴らせ



 中二の秋、父さんと母さんと婆ちゃんの三人が事故で亡くなった。
 あまり揉めることもなく、私と妹は爺ちゃんに引き取られることに決まった。元々、正月とかに会うたびに猫可愛がりしてくれてたから、一緒に生活することに不安はなかった。
 爺ちゃんは警備会社の社長で、家は高級住宅街の中でもずば抜けて大きかった。引越したとき、あまりのデカさに妹と二人で呆然とした。
 「かくれんぼしたら時間かかるね」という感想は、ズレてる気がするけど同意するしかない。
 引越しと同時に転校も決まった。中高一貫の女子校だ。可愛いと有名な制服を着たら、爺ちゃんはあきれるくらいたくさんの写真を撮ってくれた。
 一番驚いたのは、いきなり社長令嬢になった私と妹に、爺ちゃんの会社から選りすぐりの護衛がつくことだ。そんなの、遠い世界のことだと思ってた。
 そして、今日は専属のボディーガードと初顔合わせ……なんだけど。
「可愛え! えらいべっぴんさんやん! おひょぉぉおおおぉ」
 黒髪の男は私を見るなり、挨拶もそこそこに奇声をあげた。まさかとは思うし、信じたくないけど……テンションが無駄に高いこいつが、私のボディーガード?
 思わず一歩ヒいてしまった。隣の妹を見ると、不精ヒゲを生やしたオッサンに手を握られている。
 こっちは変態かよ。どっこいどっこいじゃねえか。爺ちゃん、こいつらが本当に選りすぐりなのか?
「お前」
「あ、俺は『お前』やなくてアントーニョや。仲よくしたってなー」
 そいつは勝手に私の手を取って、上下にぶんぶん振る。英語で握手は「shake hands」だけど、正にその通り。勢いを生かして振り払った。
「私にさわるな」
 ニマニマ笑いをにらみつける。たじろぐかと思ったら、ますますデレデレした。
「怒った顔も可愛ええよ」
「バカにすんな!」
 一瞬で頭に血がのぼった。大声で怒鳴る。隣の妹たちが、無関係なのにぎょっとした顔をした。
「本当のことやのにー」
 関係ありまくりのこいつは唇をとがらせる。
 なんなんだ、こいつ。人の話聞いてんのか。へらへらへらへらへらへらしやがって。マジでムカつく。
「これからよろしくな〜、ロヴィ」
 心から願い下げだ。爺ちゃんが選んだ奴じゃなかったら、誰がお前なんかと。
「『ロヴィ』なんて呼ぶな」
「じゃあ、なんて呼べばええの?」
 その切り返しは予想外で、言葉に詰まってしまう。知り合いはみんな「ロヴィ」って呼ぶから、本当はそっちの方が慣れている。でもこいつには馴れ馴れしくされたくない。
「……ロヴィーナ」
 次はそっちを連呼し出した。やめろ、ガキかお前は。妹たちの視線が痛いだろ。ヒゲ生やしたお前、ニヨニヨしてんじゃねえよ。
「んー、やっぱり『ロヴィ』の方がええなー。お友だちみたいな感じするやん?」
「お前と友だちになった覚えはない!」
 叫ぶとのどが痛い。それにすらイライラする。全部全部、こいつのせいだ。
 大嫌いだ、こんなやつ!
「さっき言うたやん、俺はアントーニョや」
「黙れ!」


 あいつはいつでもテンションが高かった。毎朝会うたびに、「今日も美人さんや」とだらしなく笑う。「うるせー」と頭突きを叩きこんで登校の車に乗るのが日課になった。
 車の中でもぺらぺらしゃべりかけてくる。運転に集中しろ。これはなんの拷問だ。スルーしてたけど、何度めかの「美人やね」で我慢できなくなった。
「お前、フェリシアーナにも同じこと言ってただろ」
 確かに妹は明るくて可愛くて人懐こい。姉のひいき目を除いても事実だ。でも気に障る。
「美人さんに『美人』言うのは当たり前やん」
 運転しながらの答えはさらっとしていた。余計に頭にくる。
「節操がなさすぎんだよ、ハゲ!」
 機嫌直してやー、という声は無視した。誰のせいだと思ってんだ。
 ふん、と鼻を鳴らして窓の外に視線を向ける。隣の車道に妹の乗っている車があった。ボディーガードと仲がよさそうだ。にこにこ笑っている。
 送迎車用の乗降口に着く。無言で鞄を持って降りる。ドアを閉めようとした、そのとき。
「放課後にまたな、ロヴィーナ」
「……!」
 一瞬、言葉をなくした。すぐに我に返る。
「それ、二度と言うな!」
 手にありったけの力をこめる。予想以上にうるさい音を立ててドアが閉まった。運転席のあいつが目を丸くしている。
 その視線に捕らえられないように、走って校舎に向かった。教室につくころには息が切れていた。
 授業中はあいつのことは考えずに済んだけど、放課後になると嫌でも思い出さずにはいられない。家に着くまでは、密室になった車の中で二人っきりなわけだし。
 たぶん、朝のことなんてこれっぽっちも気に留めてないだろう。忘れてる可能性も高い。気にしてるのは私だけだ。
 ――馬っ鹿みたい、あいつはただのボディーガードなのに。
 そう吹っ切って乗降口に行くと、そこにはもうフェリシアーナがいた。珍しい。
「どうしたんだ、お前」
「あ、姉ちゃん。あのね、フランシス兄ちゃん、まだ来てないんだ。アントーニョ兄ちゃんも」
 いつも時間よりも早く来て待機しているのに、今日は二人ともいなかった。他の子たちはどんどん迎えの車に乗って帰っていく。
「電話してみる?」
「携帯持ってないだろ」
「学校に公衆電話あるじゃん」
「番号は?」
「あ、そっか」
 うだうだ話し合っていると、目の前に車が止まった。窓が開いて運転手が顔を見せる。あいつやフランシスと歳の変わらなさそうな男だった。
「フェリシアーナに、ロヴィーナ?」
「そうです」
「俺、アントーニョとフランシスの代理。乗って……」
 疑いもせずに乗ろうとした妹の腕を引っぱる。油断なく周りを見回す。
 一応、これでも私たちは社長令嬢だ。嘘をついて誘拐する気かもしれない。
「お前、爺ちゃんの会社の社員か」
「そう……」
 ぼんやりと、どこか眠そうに男はうなずいた。爺ちゃんの人選の基準が分からない。
「それなら社員章を見せろ」
「ん……」
 男はうなずき、胸ポケットを探った。取り出すと、はい、と渡した。「ヘラクレス・カルプシ」、と書いてある。写真と社章は偽造には見えない。
「本物、みたいだな」
 社員章を返して、二人で車に乗りこむ。フェリシアーナは不安そうに尋ねた。
「二人に、なにかあったの?」
「正確には、二人じゃない……。フランシスは、処理に回ってるだけ……」
 処理? なんのことだ? ヒゲ野郎が処理に回ってんなら、あいつはどうしてんだ。
「アントーニョが、事故に巻きこまれたから」
「ええっ」
 驚く声がやけに遠く感じた。頭が真っ白になって、全ての思考が消える。
 事故。あいつが。
 脳裏によみがえる、電話の音。
 ――三人の遅い帰りを待っていた。その内戻ってくるだろうとのんきに思っていた。それを切り裂くように電話が鳴って。
「姉ちゃん!」
 がくがくと揺さぶられてはっとする。心配そうな顔が見えた。
「あいつは今、どこにいるんだ」
「病院……入院してる」
 のたのたした口調がじれったい。リモコンで早送りしたくなる。
「連れてけ」
 唇が震えた。手を握りしめる。
「私からも、お願い」
 フェリシアーナも口添えした。んー……、と男は考えこむ。さっさと答えろ、と怒鳴りそうになるのを我慢する。
「分かった……」
 病院まで、気持ちがはらはらした。心臓を削り取られているみたいだ。着くなりすぐに降りて、教えられた病室まで走った。
「おい!」
「あ、ロヴィーナ。どないしたん?」
 吐きそうなくらいの気持ちだったのに、奴はピンピンしていた。ベッドからひらひら手を振る。
「……」
 言葉が出ない。事故で入院した奴が、なんでスナック食ってんだ。
「ちょお聞いてー。信号待ちしとったら、後ろからガツンとやられたんや」
 私の反応にかまわず、いつも通り一人でしゃべりだした。ちょうど聞きたかったことだから黙っておく。
「おまけに、無傷やのに、念のためとか言うて検査入院になってしもたわー。堪忍な!」
「……」
「せや、ロヴィーナもこれ食う?」
 のほほんと袋を差し出す。それを床に叩きつけた。バラバラと散らばる。
「この死に損ない!」
 感情に任せて口走ってから、すうっと頭が冷えた。自分のセリフが頭蓋骨に反響する。病室はしんと静かだ。さすがのあいつも言葉を失っている。
 いたたまれなくて、きびすを返してその場から逃げ出した。
 ムチャクチャに走りながら、投げつけた言葉がエコーしていた。胸がぐっとつかえる。気が済むまで広い院内を駆け回って、疲れて待合室で適当に座った。消毒液のにおいがする。
 今は休診時間のようで、誰もいない。広いベンチを一人占めして横になる。疲れたら眠い。まぶたがだんだん下がっていく。抵抗もできずに、それに甘えた。


 頭の下にやわらかい感触がある。そして、髪を撫でる手。
 ああ。息をつく。今までのは全部夢だったんだ。どうして分からなかったんだろう。いきなりお父さんとお母さんと婆ちゃんが死ぬなんて、そんなのあるわけないのに。
「ロヴィーナ、起きたん?」
 ガバッと身体を起こす。膝枕をしていた人を見て、やっぱり夢じゃなかった、と気づく。
 逃げようとすると腕をつかまれる。ふりほどけない。
「離せ!」
「イヤや」
「離せ……」
 力が入らなくなる。促されるまま隣に座った。
 気まずくて唇を噛む。引き留めたくせになんにも言わないのが、いっそ不気味だ。いつもはペラペラうるさいくせに。
 だけど、手のあたたかさに安心している。それは生きている証拠だから。
 目の前を看護師や患者が通りすぎていく。忙しそうに、あるいはのんびりと。
「心配してくれて、おおきに」
「……別に」
「めちゃめちゃ嬉しい。俺、嫌われてるんとちゃうんやね」
 感情がストレートに表情に出る奴だ。
「嫌いだ。大っ嫌いだ。お前だって、私の前からいなくなるんだろ!」
「え」
 オリーブの瞳が見開かれる。それをきつくにらみつける。
「父さんお母さんも婆ちゃんも、そうだった! 『またね』って、いつも通りに出て行ったんだ。私、見送りもしなかった」
 けれど、帰って来たときは、閉じられたままの棺の中。骨はかすかに黄ばんで白く、小さな箱に収まる。泣くのは違う気がして、泣きじゃくるフェリシアーナの背をさすり続けた。
「大嫌いだ、お前なんか。バー……カ」
 どうせいなくなるのなら、相手を嫌いでいればいい。それなら、いなくなってもつらくない。
 そんな風に、いつだって警笛を鳴らし続ければ、もう胸を刺すことには出会わない。向こうから避けていく。一人になってしまえば……もう。
「いなくなるんなら、とっとと消えろ。私にかまうな。ほっとけ」
 奴はなにも言わずに、手をはなした。立ち上がって、どこかへ行ってしまう。目で追いそうになって、スカートの上に視線を固定した。
 これでいい。さびしくなんかない。自分から望んだことなんだから。
 ――こうして跳ね除けて拒んで避けて、最後になにが残る。
 ふと、スカートの上に影がさした。それから、頬に冷たいものがふれる。驚いて顔をあげれば、笑顔に出会う。
「ビックリした?」
「な、なんでお前」
「喉渇いたかなーと思って。飲むやろ?」
 なんだこの的外れ。呆然と缶を受け取る。トマトジュースだ。また隣に座ると、プルタブを開けてごくごく飲む。
「俺は、ロヴィーナのこと大好きやで」
「嘘つけ」
「ホンマやって」
 そんなに軽い調子で言われても全然信じられない。大体、簡単に「好き」とか言うのがそもそも気にいらない。
「いなくなるんが嫌なら、安心してええよ。俺、どこにも行かへんから」
 揺らぐ気持ちを、縛り上げるようにして固定する。壊されたくない。
「……信じられるか。お前は死なないわけじゃないんだろ」
 ――意地を張っている方が心地いい。
 結局は、そうなのだ。私は臆病で、求める勇気を出せずにいる。お前なんかにはやれないと、伸ばした手を叩かれることを恐れている。
「それはそうやけど」
「じゃあ付きまとうな」
 弱さを知られたくなくて、自分を「可哀想な子」に押しこめようとしている。自分の殻の中は居心地がいいから。
「ムチャぶりするなぁ」
 苦笑すると、私の頭を撫でる。なぜか振り払う気にはなれなかった。さわられたくなんかないのに。
「大丈夫や。もう、つらいことはあらへんから」
「どこにその保障がある」
「えーと……ボディーガードの俺が守るからや! 強いでー、たくましいでー、カッコええでー!」
 力こぶを作ってポーズを取る。バカだこいつ。
「信じてや、ロヴィーナ」
 いつまでもうずくまっていられない。分かってる。立ち上がるそのとき、手を取ってくれるのはきっと。
「そういえば、『ロヴィ』って呼んでええ?」
 まだこだわってたのかよ。
「……勝手にしろ」
「ええの? 嬉しいわー、ロヴィ」
 喜びを隠し切れずにデレデレするアントーニョを見ていると恥ずかしくなって、頭突きを叩きこんだ。


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09/07/25