相棒



 白い廊下の端にある椅子に座っていた二人は、俺の顔を見るなり立ち上がって、ぎゅうと抱きついた。
 小さくて華奢な肩がふるえる。はかなくもろいそれを、抱いた。
 ――今年で中二だったっけか。
 最後に会ったときは小学生だったのに、早いもんだ。いつもなら喜びに彩られる独白を、ただ苦く思う。
 顔をぐしゃぐしゃにして泣くフェリシアーナと、泣きもせず唇を噛みしめるロヴィーナ。
 可愛くて哀れな、俺の孫たち。


「人の話を聞いているのか、お前は」
 険(けん)の強い声に生返事をすると、机が強く叩かれた。
「うお、びびった」
 元々無愛想な顔をさらに仏頂面にして、相棒――今は俺の会社の専務だが――が俺をにらみつける。少しは笑えよ、と内心でつぶやいて視線をやった。
「ん?」
 飽きるくらいに見慣れた顔が、いつもと違っている。ちょっと考えて気づいた。
「お前、それ、老眼鏡か?」
「そうだ」
 あっさりとうなずいて話を再開しようとするのをさえぎる。
「いつから着けてたんだ?」
 さすがのこいつも、寄る年波には勝てないってわけか。そう思うと愉快だ。そして、わびしい。
 最初に会ったとき、男にしておくのが惜しいと思ったほどのプラチナブロンドはくすんで白髪混じりになっている。顔にもしわが刻まれていた。
「結構経つ。覚えていないのか」
「そうだったか?」
 同じだけの時間が、俺にも降りかかっていた。自慢だった体力は衰える一方で、無理をすると数日後には筋肉が悲鳴を上げる。原因を思い出せないことがあるのだからお手上げだ。
 そんな風に、少しずつ少しずつ、死に近づく身体。ゆっくりと呼吸の道を狭めて、完全に塞ぐ日を虎視眈々と狙っている。
「あーあ、爺さんになっちまったな、俺らも」
 椅子にもたれながら天井を仰ぐ。かつては小さなプレハブから始まった会社も、今は立派な企業だ。それだけの時間が過ぎた。
「それを言うな」
 俺はいつか死ぬ。それは当たり前のことだ。
 ……でも、そうしたら二人はどうなる。可愛い可愛い、俺の孫二人は。祖母も両親も亡くして、頼れるのは俺だけなのに。
「俺が先に死ぬことがあったら、会社と孫たちのことは任せたぞ」
「縁起でもないことを言うな。健康診断で医者からのお墨付きをもらったお前のことだから、殺しても死なん」
「万が一の話だ」
 真面目にあいつを見ると、応えるように瞳が真剣な色に変わる。
「お前にしか頼めないことだから言うんだ」
 こいつになら、大事なことをゆだねられる。可愛くてたまらない孫のことも、子どもみたいに育ててきた会社のことも。
 なあ、分かるだろ? お前と俺は、お互い、人生の相棒なんだから。
「……分かった」
「ありがとな」
 うなるような耳鳴りが、低く渦巻いている。未来に覆いをかけるように。過去に狼煙(のろし)を上げるように。


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09/09/22 初出(ブログ/敬老の日)
09/10/16 改稿再録