変に恋する
ルーイのことがすき。
そのことに気づいてしまったら、もう、後戻りなんかできなかった。
うなじの髪がやわらかそうだとか、光で瞳の色合いが変わって見えるとか、本当にちっちゃなことを見つけるたびに、泣きたいくらい苦しくなる。すきだな、って感じる。
運転してるルーイを後ろの席からじっと見つめてたから、何回も不思議がられた。本当は助手席に座って隣から見てたいくらいだけど、ますますあやしがられそうで、言い出せない。前ならきっと、すぐに言えたのに。
変わったことは、他にもたくさんある。
全然気にしてなかった間接キスも今じゃ抵抗があってやってない。二人きりでいると舞い上がっちゃって、ものすごくおしゃべりになって、わけわかんないことばっかり話してる。
時間が経てば元通りになるかなって思ってたのに、毎日ルーイのすきなところを見つけて、毎日ルーイをすきになっていく。ひどくなっていくばっかり。
なにもかもがおかしくなる。ルーイをすきって気持ちが、そんな風にする。閉じこめられて逃げられない。まるで、停車駅のない超特急に乗ってるみたい。
――このままじゃ、私、どうなるんだろう。
見当もつかない。
恋って、こんなものなの? 考えてみたら、私、初恋もまだだった気がする。アルフレッドとは一度「恋人」になったけど、それはお遊びみたいなもので、キスすらしなかったし。
ああもう、ぜんぜんわかんない。誰かに訊けたらきっと楽になるのに。
……。
……ああっ、そっか! なんでもっと早く気づかなかったんだろう!
「あのねっ、聞きたいことがあるんだけど!」
いてもたってもいられなくて、隣の部屋に飛びこむ。パソコンで作業をしていた途中の姉ちゃんは、びっくりしたような、怒ったような顔で振り返った。
「ノックぐらいしろっ! 書きかけのレポートを消すところだっただろ!」
「ご、ごめんね」
姉ちゃんはひたいに手を当てて、大きくため息をついた。マウスでなにか操作しながら、ベッドを指差す。
「とりあえず座れ」
「うん」
座ってみたけど、姉ちゃんはレポートを書くのに忙しいみたいで、私を振り返らなかった。
「すぐ終わるから、黙ってろよ」
「うん」
クリックとタイピングの音が響く。じっとしてるのは元々苦手だから、久しぶりに入る部屋をながめ回した。
分厚くて難しそうな本がずらりと並ぶ棚。アントーニョ兄ちゃんとのツーショット写真に、初めて見るバッグや服。
知らない人みたい。猫背ぎみの後ろ姿を見て思った。
違う大学だから、一緒にいる時間はほとんどない。休みの日はデートに行ってるし。同じ家に住んでるのに、すれ違ってばかり。
今だって、姉ちゃんが書いてるレポートの中身を、私は多分理解できない。少しずつ、共有している範囲が減っていく。ちょっぴりさびしい。
「待たせたな。で、なんの用だよ」
ようやく振り返った姉ちゃんは、そう訊ねてから、マグカップの中身を口に含んだ。
「姉ちゃんは、恋、したことあるでしょ?」
「っぐっは!」
いきなりむせた。気管に入ったみたいなものすごい咳をしてるから、心配になって、姉ちゃんの背中をさする。
「大丈夫?」
「だれの……っげほ、せいだ……っ」
え、私のせいなの?
咳をしすぎて涙目になってる姉ちゃんが上目遣いで私をにらむ。何回か深呼吸をしたら落ち着いたみたいで、もういい、って手を止めさせた。
「いきなりなんなんだお前は!」
「姉ちゃん、アントーニョ兄ちゃんと恋人なんでしょ? なら、恋、したことあるよね?」
「う、いや、それは……」
あ、真っ赤になった。姉ちゃんは美人だから、赤くなってもかわいいなあ。
「ねえ、恋ってどんなもの?」
「……それ、は」
まだほっぺを染めたまま、姉ちゃんは視線をよそに向けた。なにかを考えるように首をかたむけると、私より濃い茶色の髪が、さらりと流れる。
「アイツをすきになったとき」
緑の瞳が、すぅ、と細くなる。光が消えて、焦点がなくなった。
「肌が薄くなるっつーか、すごく敏感になった感じがした。それがすごく不安で嫌だった」
「あ……わかる気がする。なんでなんだろうね」
「全身で意識してるからじゃないか?」
そっか。そういうことなんだ。
疑問は一つ消えたけど、まだ胸の中でわだかまりがある。
「恋してから、おかしくならなかった?」
「は?」
「あのね、自分が自分じゃなくなってくような気がするんだ」
ルーイが不審に思ってるのはわかってるのに、いつもみたいになれない。いつも通りにしなくちゃと思うと頭が真っ白になる。
「お前、それ重症だろ」
「言わないでよぉ……」
そんなの、私が一番よくわかってる。改めて突きつけられると、立ち直れなくなりそう。
落ちこんでたら、いきなり姉ちゃんが大きく目をひらいた。
「って、なに言わせんだよちくしょー! このバカ妹!」
ほっぺをむぎゅうとつねられる。自分でしゃべったくせに、なんで私に当たるのー……。
とりあえず謝ってたら、どうにか許してもらえた。綺麗な脚を組んで、長い手を頬に沿わせているポーズは、姉ちゃんにはよく似合ってる。将来の女社長の雰囲気が出てる。
「ありがとう。すごくタメになった」
「忘れろ! 今すぐ!」
頭を揺さぶられたって、記憶は出て行かないんだからやめてー!
「つーか、お前、すきなやつができたのか」
「できたっていうか、この人がすきだって気づいたというか……」
うまく説明できなくて困ってたら、姉ちゃんは半眼で私を見た。
「ルートヴィッヒか」
「なんで分かるのっ!?」
本気でびっくりした。だってルーイのことは全然言わなかったのに。
「お前私をナメてんのか!? 気づくに決まってんだろ!」
逆ギレされて、ちょっと不安になる。
「そんなにわかりやすい……?」
「かなりな。双子の姉を見くびんな」
「ルーイにもバレちゃうくらい?」
バレバレだったら、どんな顔したらいいんだろ。
「あー……多分、ルートヴィッヒのやつはわかってない」
お前と違う意味でにぶいからな。付け足された言葉に首をかしげた。そんなことないのに。ルーイはすごく私を気遣ってくれて、色んなことわかってくれる。
「……やめとけよ、あんな男」
「え? なんで?」
「あいつじゃお前を幸せにできないに決まってる」
「そんなことない! 私は、ルーイと一緒にいるだけで幸せだもん!」
反論すると、姉ちゃんは言葉を詰まらせた。なんだか泣きそうに見えるのはなんで?
「姉ちゃんが心配してくれてるのはわかるけど、でも、私はルーイがすきなんだ。こんなに人をすきになったのははじめてで、どうしたらいいのかわからないくらい」
ルーイのことを考えるだけでどきどきする。「すき」って気持ちが私の中で大きくなって、どんどん加速していく。しがみついているだけで精一杯で、コントロールなんてできない。
「あいつがお前もすきだとは限らないだろ。もしかしたら彼女がいるかもしれねぇし」
「前に訊いたら『いない』って言ってたよ」
「今はいなくても、昔はいたかもしれないだろ。あの歳で彼女が一人もいなかったらそれはそれで気持ち悪いぞ」
「……言われてみれば、いてもおかしくないよね。ルーイやさしいし」
ルーイの元恋人はどんな人だったんだろう。すごく美人でナイスバディでやさしい人だったのかな。その人とルーイは手をつないだりデートしたりキスしたりしてたのかもしれない。そんなこと、今まで考えたことなかった。
「……でも、昔は昔だよ……」
自分でも声が小さくなってくのがわかる。言ってる自分が本当はそう思ってないから。
「男は昔の恋人のことを引きずるもんだぞ。今でも未練がましく想ってるかもしれない」
姉ちゃんが追い討ちをかけるみたいに言う。
「そんな……」
心臓がぎゅっと痛くなって泣きそうになる。さっきまではルーイのことがすきだっていうだけで幸せだったのに。これも恋のせいなの?
「だからやめとけよ、あんな奴」
「……やだ」
「なんでだよ!」
「だって、ルーイが私を幸せにしてくれなくても、ルーイに恋人がいても、それでも私はルーイがすきなんだもん!」
姉ちゃんがびっくりしてる。でも私だって本当は驚いてる。いつもならすぐあきらめてへこたれちゃうのに、ルーイがすきって気持ちだけは、どうしてもなくしたくない。
不思議。自分がわからなくなったり、幸せになったり、不安になったり、勇気をくれたり。恋ってものすごく変だ。そういえば字も似てる。
「馬鹿妹。痛い目に遭ってからじゃ遅いんだぞ」
「……それでも、いいもん」
誰にもこの恋を止められない。私でさえも。だから、つらくても悲しくてもひたすら突き進んでいく。それしか方法がないから。
……恋って、やっぱり、変だ。
↑「Your Knight」目次に戻る
12/10/07 初出(「Your Knight 3」)
13/11/02 再録