内容について
おんさん(ラダ)がカバーを描いてくださいました!
うさこさん(愛さばらし)にもデザインで協力いただいています!
「Your Knight」の本編再録本です。
サイト再録一作、書き下ろし四作。一部、大幅な内容変更があります。
メインCPは独伊♀ですが、墺洪、西ロマ♀、典芬♀の要素を含みます。
◆学園祭おかわり!
一巻に収録の「学園祭にいらっしゃいませ!」の翌日の話。まだ付き合ってない二人。
◇六月の花嫁
ローデリヒとエリザベータの結婚式の話。
◆やさしき抱擁
祖父の会社でアルバイトを始めたフェリシアーナの話。
◆街角の小さな奇跡
クリスマスにティナとばったり再会する話。
◆今日の証に
フェリシアーナとロヴィーナの二十歳の誕生日のお祝いの話。
(◆は書き下ろし、◇は再録です)
サンプル
学園祭おかわり!(抜粋)
姉ちゃんのクラスがやってるお化け屋敷は大評判みたいで、昨日はすごく人が並んでたから後回しにした。でも、やっぱり今日もずらっと列ができてるから、意味なかったかも。
「姉ちゃんが言ってたんだけど、クラスの子たちより、担任の先生の方がお化け屋敷の準備にノリノリだったんだって」
並んでる間の暇つぶしも兼ねて、ルーイに事前情報をお伝えする。
「そうなんですか」
「うん。アーサー先生っていうんだけど、ルーイも知ってるんじゃないかな? 姉ちゃんが入ってるサッカー部の顧問もやってて、たまーに調理部に来たりするんだけど」
ルーイは、ああ、とつぶやいた。
「金髪で少し小柄で、……眉毛が」
「そうそう。眉毛がすっごい太い先生」
やっぱりルーイにもアーサー先生の眉毛は太く見えるんだ。そう思ったら、おかしくてしょうがなくて、笑いが止まらなくなる。笑いすぎてお腹が痛い。
「……あれ? それで、なんでアーサー先生の話になったんだっけ?」
「お化け屋敷に積極的だ、という話からだったと思います」
「あっ、そうそう。ルーイって記憶力いいんだね」
ルーイについて知ってることが一つ増えて、うれしくなる。私とルーイの距離が、少しずつ、
「姉ちゃん、お化け屋敷でなんの役やってるか結局教えてくれなかったんだよね」
それどころか、「お前は絶対来んな」って言われちゃった。だけど、行かなくちゃスタンプラリーが終わらないし、姉ちゃんがなにをやってるのかも知りたい。
「アントーニョ兄ちゃんには教えたのかなぁ」
「昨日話したときに、『教えてくれなかった』と言っていました」
「そうなんだ? ……でもそれって、逆に気になっちゃうから、逆効果だよね」
姉ちゃんって、こういうところでうっかりしてる。
「姉ちゃん、結構恥ずかしがり屋なんだよね。あと意地っ張りだし。美人なのに、もったいないよねぇ。でも、だからこそアントーニョ兄ちゃんと気が合うのかも」
「そうかもしれません」
真面目な顔をしてルーイがうなずく。ルーイはいつもそう。私とはぜんぜん違う。だけど、私はフランシス兄ちゃんじゃなくて、ルーイを自分のボディーガードに選んだ。
ルーイの笑顔を見たかった。それは本当。だから、わがままを言って代わってもらった。そして、それは叶った。だけど、私はまだルーイをボディーガードにしてる。もう、最初の理由はなくなってしまったのに。
今はただ、ルーイにそばにいてほしいだけ。私とは違うところばっかりでも。
ルーイもそう思っていてくれたらいいのに。
「前へ……」
受付をやってる黒いフードマントの人が呼びかける。おしゃべりにすっかり夢中になってて気づかなかったけど、いつの間にか私たちの番になってた。
「ククク……ようこそ我がの館へ……。身の毛もよだつ恐怖が、命知らずなお前たちを、今か今かと待ち受けているぞ……」
迫力たっぷりのおどろおどろしい口調で受付の人が言う。言い終わるのとほぼ同じタイミングで、お化け屋敷の中から「キャー!」って絶叫が聞こえてきた。
急に背筋がぞくっとする。今になってようやく思い出したけど、そういえば私……。
「って、お前、ヴァルガスの妹の方かよ」
受付の人がいきなり素っぽい口調になる。さっきはムードに呑まれて気づかなかったけど、そういえば声に聞き覚えがある気がする。
「あれ? もしかして……」
フードを深くかぶってて口元ぐらいしか見えないけど、声と背格好が誰かによく似てる。
「……アーサー先生?」
マントの中で、受付の人はぎくっとした。あ、正解みたい。
「クッ、クククッ、よくぞ我が正体を見破った! だが、今のこの男は、我が意のままに動く操り人形に過ぎぬ。顔見知りだからと情を期待せぬことだな」
「あっ、そういう設定なの?」
姉ちゃんが「一番ノリノリなのはカークランドの奴」って言ってたのを、実はちょっと疑ってたんだけど、本当だったみたい。そう思ったら、また笑いがこみ上げてくる。さっき笑いすぎたせいで、ただでさえお腹痛いのに。
「……我を嘲笑するものには、罰がくだるであろう」
「ごめっ、ごめんなさ……あはははっ! で、でも、私だったら、担任の先生がこういうことノリノリでやってくれたらうれしいよー。……ぷふふふっ」
笑う以外のことができなくなった私の代わりに、ルーイがアーサー先生……じゃなくて受付の人から説明と注意を聞いてくれた。あと、蝋燭の形の明かりももらってくれた。
ようやく笑いが落ち着いてきたころに、前に入った人が出て、私たちが入る順になる。
「行きましょう」
「うん」
「愚かなる者どもよ、せいぜい泣き喚くんだな!」
アーサー先生が演技なのか素なのかわからないセリフで、私たちを送り出す。
六月の花嫁(抜粋)
「……それにしても、さっきから黄色系ばかりだな。そんなに好きだったか?」
今度はオレンジのドレスを手に取って、ためつすがめつしているフェリシアーナにそう訊ねると、彼女は驚いたように振り返ってルートヴィッヒを見つめる。
「忘れちゃったの?」
「なにを?」
「ルーイが、私には黄色が似合うって言ったんだよ」
「……言ったか?」
「言ったよ! だから私、あのワンピース買ったんだもん。ほら、ルーイがまたボディーガードになったときのあれ」
そのワンピースならよく覚えている。フェリシアーナが動くたびに、花の形に縫い取られた飾りがふわふわと揺れていた。……そういえば、買い物にはじめて付き合わされたのは、あのワンピースを買うときだった気がする。
「あのとき、ルーイに『私は何色が似合うかな?』って訊いたら、『黄色』って言ったんだよ。……本当に、覚えてないの?」
「……思い出した」
苦し紛れにそんなことを言ったような覚えがある。だが、まさか今でもあれを基準にしているとは思わなかった。
「よく覚えていたな」
「うれしかったんだ。私のこと、ルーイはそういう風に見てるんだーって」
「……すまない」
今さら罪悪感がわき上がってきた。フェリシアーナは首をかしげる。
「なんで?」
「俺のせいで選択肢が狭まってしまったのなら、申しわけない」
「そんなことないよ! 私、元々黄色は好きだし。それに、みんなも『黄色いの似合うね』って言ってくれるよ」
「だが……」
だが、この店には黄色以外のドレスもたくさんある。それなのに、そんな些細な理由で選択肢から外してしまうのは、もったいないような気がする。
色とりどりのドレスがずらりと並んだ店内を漠然と眺めて、ふと、つぶやいた。
「たとえば、白もいいんじゃないか」
正装といえば、大体は黒か白と決まっている。祝い事なら白だろう。
「だめだよ! 白は絶対にだめ!」
めったにない強い口調に驚く。
「どうしてだ?」
「だって、白は花嫁さんだけの色だもん。だから他の人は着ちゃだめ」
「ああ……なるほど」
言われてみれば、今まで出席した結婚式に、花嫁以外、白いドレスを着ている女性はいなかった気がする。自分の無知が恥ずかしい。
「他の女の人はカラフルなドレスだから、白いウェディングドレスが引き立って、もっと綺麗に見える気がする。……いいなぁ、真っ白なドレス」
フェリシアーナはうっとりとため息をついた。ルートヴィッヒと目が合うと、照れたようにくすりと笑った。なぜ笑われたのかよくわからないが、なんとなく居心地が悪い。
「サムシング・フォーは知ってる?」
「なんだそれは」
「花嫁は、新しいもの、古いもの、借りたもの、青いものの四つを身に着けると幸せになれるっていう、おまじないみたいなものだよ」
「詳しいな」
本気で驚いてしまう。先ほどのドレスの件といい、彼女にそんな知識があったとは。
「いろんな人からの受け売りなんだけどね」
「だが、よく覚えていたな」
「興味があることって、なかなか忘れないじゃん」
「……なるほど」
興味関心の有無によって記憶力に差が出ることは、ルートヴィッヒにも経験があるのでわかるが、フェリシアーナの場合はその落差があまりにも激しいような気がする。それが彼女らしいといえば、彼女らしいのだが。
「そういえば、ルーイは結婚式にはどんな格好で行くの?」
「普通に、ブラックスーツに白いネクタイで行くつもりだ」
「いつもとほとんど同じだね」
「まぁ、そうだな」
うなずくと、彼女は不思議そうに言った。
「ルーイって、仕事じゃないときはどんな服着てるの?」
「普通だぞ。タンクトップにシャツが多いな」
「おしゃれしたりするの?」
「いや、あまり。お前と出かけるときくらいだな」
「……えっ」
フェリシアーナは、彼を上から下までながめた。一回だけではない。何往復もする。
「な、なんだ」
目は口ほどにものを言う、とはこのことか。彼女が色々思っているらしいことが、目つきで伝わってくる。……おそらく、ポジティブな内容ではないのだろう。
「もったいないなぁ。かっちりしたのも似合うけど、でも、せっかく背が高いしムキムキだし金髪に青い目なんだから、もっと遊び心のある服とか攻めた感じのも着てみればいいのに」
「……そう言われて、どう選べばいいのかわかったら苦労しないぞ」
「じゃあ、今度、私がルーイの服選んであげるよ。すっごいカッコいいやつ」
「それはありがたいが……」
つい、苦笑してしまう。
「まずは、自分の服を選んでくれないか」
「あっ、そうだった」
彼女はようやく本来の目的を思い出したらしい。またドレスを物色しはじめた。
「……」
ルートヴィッヒは、鏡に映る自分の姿を凝視した。思わずつぶやく。
「……そんなに、ダサいか……?」
やさしき抱擁(抜粋)
ルートヴィッヒは言葉を失った。
アントーニョも言っていたが、ロヴィーナがアルバイトをしているのは秘書課である。なので、社員ではないがロヴィーナもそれらしい服装をしていた。
白いフリルブラウスに、黒いスーツを合わせている。ぴったりと身体に合っているからか、シャープなイメージを受けた。キュロットは膝丈で、歩きやすいように少しだけスリットが入っているが、けして下品ではない。スカートから伸びる脚はすらりとしていて、黒いストッキングに包まれている。
いつもは下ろしている髪はシニョンにされていた。大学生がよくやっているような、頭の上のお団子ではない。後ろで機能的にまとられている。
メイクもいつもと少し変えているのか、少し大人っぽく見えた。なにも知らなければ、確実に社員だと間違えていただろう。というか、見た目にはどう見ても「デキる女」だった。
「フェリちゃん、フルタイムは今日がはじめてなんやて。せやから手間取ってるんちゃう?」
アントーニョは見慣れているのか特に驚いた様子はない。だがおそらく、初見のときはきっと大騒ぎしたのだろう。なんとなく、光景が想像できる。
「自分から誘っといて、しょうがねぇなぁ、あいつは」
ロヴィーナはあきれた様子だった。椅子を引き、アントーニョの向かいの席に座る。そして大きさの違う二つの弁当箱を取り出した。なにやらデジャヴを覚える光景である。
「これ、お前の分」
「ありがとなー。ロヴィの手作りうれしいわ」
「……マズいとか言ったら殺す」
「ロヴィの作るもんはなんでもウマいに決まっとるやん」
「……」
彼女はぷいとそっぽを向いた。だが、耳まで赤い。そうしていると、先ほどまでの「デキる女」のイメージが薄らいで、かわいらしい少女にしか見えなくなってしまう。
ルートヴィッヒが弁当箱を取り出すと、アントーニョがすぐさま食いついた。
「お前も弁当? あっ、フェリちゃんの手作り?」
「……はい」
「フェリシアーナの奴、毎日毎日よく飽きねぇよな」
「ロヴィも人のこと言えんでー」
「うっせーバーカ!」
それから待つこと数分、ようやくフェリシアーナがやってきた。
「ごめんねみんな! 遅れちゃった」
「……」
彼女を見て、ルートヴィッヒは再び言葉を失った。
受付嬢のアルバイトということで、彼女は会社から支給された制服姿だった。実は、それを見るのは今日がはじめてだった。短時間勤務のときは、受付に行かない限り、この姿の彼女に会う機会がなかったからだ。
落ち着いた水色のシャツに、白いジャケット。歩くたびに、首に巻いているストライプのスカーフが揺れる。下は短めのキュロットだ。こちらにもスリットは入っているが、どこかきわどいものに見える。ほっそりした脚が惜しみなくさらされているせいだろうか。
いつもポニーテールにしている髪を下ろしているのが、どこか新鮮に見えた。ゆるやかなウェーブが、彼女が元々持っているふんわりした雰囲気をさらに強めている。
ノロケだと笑われてもいい。綺麗だと思った。彼女は年下だという感覚がなかなか消えずにいたが、ほんの少しだけ、大人っぽく見えた。
「ルーイ、どうしたの? ぽかんとして」
「……その格好、はじめて見た」
なぜか片言になってしまう。彼女は「そういえばそうだったね」とうなずいた。
「ねぇ、かわいい?」
「……かわ――」
「むっちゃかわええよフェリちゃん!」
アントーニョの言葉がかぶさる。はっと我に返って、言いかけたことを呑みこんだ。
「ありがと、アントーニョ兄ちゃん」
彼女はうれしそうに答えて、彼の向かいに座った。弁当箱をテーブルの上に置いているものの、広げてはいない三人を見て、首をかしげる。
「あれ? みんなまだ食べてないの?」
「……お前のこと待ってたんだよ」
「そうなの!? ごめんね、ありがとう。すごくうれしい」
彼女は照れ笑いを浮かべたが、それはすぐに消えた。
「あっ……」
彼女はなにかに気づいたようなつぶやきを漏らす。そして、かなり気まずそうに身体をすくめた。隣のロヴィーナが、怪しんだ様子で眉を寄せる。
「なにやってんだよ、早く弁当出せよ」
「そうしたいんだけど……ごめん……」
「もしかしてお前、家に忘れて来たんじゃないよな!?」
「家には忘れてない! それは大丈夫! ……受付の方に置いてきちゃった……」
街角の小さな奇跡(抜粋)
君に昔話を聞かせよう。俺とジャンヌの。
「ベールヴァルド先生、元気? 彼氏と同じ職場って、うらやましいなぁ」
「元気ですよ。あ、でも、今年から別の高校で勤務してるんです。男子高に」
それを聞いて、彼女は首をかしげた。
「なんで?」
「元々ベールヴァルドさんは男子高に行きたがってたっていうのもありますし、校内で職場結婚すると、どっちかが異動しなくちゃいけないみたいだったので。まぁ、そういう事情です」
「そうなんだ。さびしいね」
「顔を合わせる頻度は確かに下がっちゃいましたけど、でも、少しの辛抱なので」
「結婚したら毎日一緒だもんね」
「……そうですね」
ティナは照れくさそうに笑む。フェリシアーナはうれしくて仕方がないというようにはしゃいでいる。
「わー、なんか自分のことみたいにうれしい。だってティナ先生たち、私が入学したころにはもう付き合ってたんだもん。五年くらい?」
「……よくそういう風に誤解されてるんですけど、私たち、実は付き合ってまだ三年くらいなんですよ」
「えっそうなの!? だって、すごく仲よかったじゃん。みんな、『あの二人は絶対付き合ってる』って言ってたよ」
「周りはそう思ってたみたいですけど、そういうことはぜんぜんなかったんです。いい人だなって思ってましたし、向こうが私に好意を持ってくれてるらしいのも気づいてましたけど、同僚じゃなくて恋愛対象として見るきっかけというか決定打がなくて」
「わかるかも」
彼女は深くうなずいた。いつの間にか恋愛トークがはじまっていてルートヴィッヒには居心地が悪かったが、場を離れるわけにはいかなかった。
「……でも、三年前の学園祭のときに、彼が私をかばって怪我をしたんです。それで、私が保健室に連れて行って」
「その話なら、聞いたことあるよー。私は見てないんだけど、ベールヴァルド先生、すごい大怪我だったって」
あえて口は挟まなかったが、その現場を目撃した記憶がある。不良に絡まれていたティナをベールヴァルドがかばったのだったと思う。
「確かにすごい血でしたけど、怪我自体は大したことなかったんです。絆創膏を貼るだけで済みましたし。でも、かばってやったぞーみたいな恩着せがましいことも言わないし、それどころか保健室の展示の手伝いまでしてくれる彼が……なんだかこわくて」
「こわい? どうして?」
「だって、わけがわからないじゃないですか。怪我してまでかばうほどの魅力なんて私にはないですし、そんなことされても、私は彼に返してあげられるものがないんです」
当時のことを思い出しているのか、ティナは苦しげな表情で眉を寄せていた。
「そんなこと、ないと思うけどなぁ。私は、ティナ先生はすごくいい人だと思うよ。ベールヴァルド先生がすきになるのもわかるくらい。それに、ベールヴァルド先生は、なにか見返りがほしくてティナ先生をかばったわけじゃないと思うんだけど」
フェリシアーナのそんなセリフに、内心苦笑する。それはまるっきり、彼女に対して抱く彼の心境そのものだ。
ティナも苦笑を浮かべた。
「今ならわかる気がするんですけど、そのときの私はぜんぜんわかってなかったんです。だから、聞いちゃったんです。『どうして私のためにそこまでしてくれるんですか』って」
「ベールヴァルド先生、なんて言ったの?」
「……彼は、自分のためだ、って言ったんです」
今日の証に(抜粋)
本日、三月十七日はフェリシアーナとロヴィーナの二十歳の誕生日である。つまり、二人は今日から成人になるのだ。
そんな記念すべき日に、ルートヴィッヒはこの家で開かれる会食に招かれた。「会食」と言っても、参加者は社長、ルートヴィッヒ、フェリシアーナ、アントーニョ、ロヴィーナの五人だけらしい。
社長の孫娘二人が成人する日に開かれる会食。招待されたのは、彼女たちと将来を約束した男二人だけ。それがどういう意味なのか、わからない方がおかしい。
交際のことはきちんと報告してある。社長から許可ももらっている。だが、安心するわけにはいかない。社長の機嫌を損なえば、すぐに引き裂かれてしまうようなものだ。
この会食の重要性を認識するたびに、緊張は募っていく。失敗は許されない。どんなに小さなことでも。
不規則になりそうになる呼吸を整えて、気持ちを落ち着かせる。適度な緊張は必要だが、いきすぎると毒だ。うまくセーブしなくては。
心拍数が平常より上がっている気がするが、もうこれ以上は下げられない。それに約束の時間が迫ってきている。覚悟を決めるしかない。
最後に大きく息を吐き出して、手をインターホンに伸ばす。いざ、と押しかけたとき、突然後ろから誰かに羽交い絞めされた。
「ちょ、ちょおっと待ったってー!」
アントーニョだった。体格的にはルートヴィッヒが圧倒的に有利だったが、きっちり締められていたので拘束から抜け出すのに時間がかかった。先輩は伊達ではない。
「……」
乱れたスーツを直しながら無言でねめつけると、アントーニョは苦笑した。
「そんな怒らんといて。ただ、俺の心の準備ができるまで待ってほしかっただけなんや」
「……そうですか」
こちらは逆に、せっかくの覚悟が台無しだ。だが、もう、なにも言うまい。
「今心臓めっちゃヤバいわー。社長と食事するなんて考えたこともなかったし」
「……」
気持ちは痛いくらいわかる。わかるだけに、つられてしまう。変に緊張するようなことを言うのはやめてほしい。
「俺、今日、生きて帰れるかなぁ……。うっかりやらかしてもうたら、足腰立たんくらいボコボコにされそうやん?」
「……」
あり得そうな気がする。交際の許可をもらいに行ったときに殴られた頬の痛みを思い出してしまって、不安がよぎる。
「まぁ、でも、ケ・セラ・セラやからな」
「……ケ・セラ・セラ?」
耳慣れない言葉だった。なにか深い意味があるのだろうかと思って訊ねると、アントーニョは堂々と答える。
「つまり、『なるようになる』ってことや!」
「……」
アントーニョらしい、陽気で楽天的な言葉だ。これがこの男の口から出てもなにもおかしくない。がっかりする方がおかしい。深淵で含蓄のあるものを求めるのが間違っている。
「そう考えたら、なんや気楽になってきたわー。ほな、行こか」
さっきは羽交い絞めしてまで止めたくせに、今度はこちらの意向も確かめずに、アントーニョはインターホンを鳴らした。思わずため息をついたものの、姿勢を正す。
なにはともあれ、ここからが肝心だ。
庭の方から走る足音が聞こえてくる。やがて、門の柵の向こう側にフェリシアーナとロヴィーナが顔を出した。
「ルーイ! 待ってたよ!」
フェリシアーナが満面の笑みを浮かべる。門を開けるなり、抱きついてきた。
アントーニョにからかわれるのではないかと思ったが、向こうはロヴィーナを抱きしめることで頭がいっぱいでこちらは見ていないようだった。少しほっとした。
「……ん?」
てっきりフェリシアーナたちも正装を着こんでいると思っていたのだが、そうではなかった。
フェリシアーナが着ているのは、ピンクのカーディガンに、黄色の襟付きシャツ、セピア色のキュロットだ。ロヴィーナの方は、花柄のインナーの上に、グラデーションのかかったチュニックとチャコールグレーのボレロを着ている。
身ぎれいな格好ではあるが、フォーマルというよりカジュアルだ。ルートヴィッヒたちの一張羅が場違いに思えるほどに。
どういうことなんだ、と思っていると、フェリシアーナが「こっち」と手を引く。行き先は家の中ではなく、庭の方だ。
「爺ちゃん、二人が来るの楽しみにしてたよ。はりきりすぎて、明日腰痛で寝こまなければいいんだけど」
フェリシアーナが冗談交じりに言う。厳格な会食がこれからあるとは思えないようなフランクさに、ルートヴィッヒは混乱した。
庭で広がっていた光景に、さらにわけがわからなくなる。満開の花が咲く大木の下に、円形のウッドテーブルがあった。その上には大皿料理やグラスやビール瓶やワインが所せましと並べられている。
「おう、よく来たな」
すでに席についていた社長が、ルートヴィッヒたちに気づいて手をひらひらと振る。その服装は確かにスーツなのだが、どちらかといえばやはりカジュアルである。少し前に流行ったちょいワルおやじという感じだ。
ラフだ。ラフすぎる。どこからどう見ても休日のガーデンパーティーだ。厳格な場だと思わせる要素はどこにもない。
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