内容について



現代パロ。
幼なじみで恋人のローデリヒにプロポーズされたエリザベータ。
返事をするはずだった正にその日に、ローデリヒは事故で記憶喪失になってしまう。
二人はギルベルトとルートヴィッヒの家に居候することに。
そんなある日、突然ギルベルトがエリザベータにプロポーズする。
最後はハッピーエンドです。
めぐるさん(メグタユ)が表紙を描いてくださいました!



サンプル



 ――子どものころの、おぼろげな記憶。
 木から下りれなくなってしまった私を見上げる、二人の幼なじみ。
『エリザベータ、そこから動いてはいけませんよ。今、大人を呼んできますから』
 うろたえるローデリヒさん。
『そんくらいの高さ、お前なら余裕だろ。さっさと飛び下りろよ』
 挑発するギルベルト。
 今ならローデリヒさんの言う通りにするけど、幼くて怖いもの知らずだった私は、飛び下りることにした。
『ちゃんと受け止めてね!』
 そう叫ぶと、二人は真剣な顔をしてうなずいた。
 この二人ならきっと大丈夫って安心して、私はためらわずに、二人のいる場所に飛び下りた。

 私は、受け止めてもらえたんだっけ?
 それとも、落ちちゃったんだっけ?
 どっちだったかしら……?

     * * *

「死んだと思ったのに、悪運の強い奴だな」
 呆れた声がして顔を上げる。スーツ姿のギルベルトがいつの間にか立っていた。
「縁起が悪いこと言うのやめてよ。私、まだプロポーズの返事してないんだから」
「……プロポーズ?」
 ギルベルトは嫌そうな様子で顔をしかめた。
「そうよ。ほら」
 左手の甲をギルベルトとルートヴィッヒに向けて、薬指の指輪を見せる。ギルベルトは面白くなさそうに目をそらしたけど、ルートヴィッヒは興味を示してくれた。
「知らなかった。いつプロポーズされたんだ?」
「先月よ。私はその場で答えようとしたのに、ローデリヒさんは『一生のことですから、よく考えてほしいんです』って言ったの。慎重なローデリヒさんらしいよね」
 プロポーズされて指輪をもらったとき、本当にうれしかった。夢を見てるんじゃないかって思ったくらい。うれしくて泣きすぎて、ローデリヒさんにすごく心配されて、途中から呆れられた。
「近くで見せてもらっていいか?」
「ええ、どうぞ」
 手を差し出すと、顔を近づけて指輪を凝視する。
「綺麗な石だな」
 そう言われると、うれしいけれど照れくさい。
「私の目の色と同じのを選んでくれたんだって」
「ローデリヒは指輪をつけていないようだが……」
「私のだけ買ってくれたの。自分のはいいんだって。倹約家のローデリヒさんらしいよね」
「確かに、あいつらしいな」
「ローデリヒさんが起きたら、すぐに返事をしようと思ってるの。あ、これ、ローデリヒさんには秘密よ」
「……ノロけてんじゃねぇよ」
 ギルベルトはうんざりした顔をしてる。まぁ、確かに、病室でする話じゃなかったかもしれない。
「お前、本気で坊ちゃんと結婚する気かよ?」
「当たり前じゃない。なんか文句でもあんの?」
「……お前が坊ちゃんと結婚したら、俺たちとお前が親戚になっちまうじゃねぇか」
「あ、そっか」
 ローデリヒさんとの新婚生活ばっかり想像してたけど、結婚するってそういうことでもあるんだ。
「ルートヴィッヒちゃんは別にいいけど……ギルと親戚になるのは……」
「露骨に嫌そうな顔すんなよ! お前なんかこっちだって願い下げだっつの、この暴力女!」
「なによ、あなたが変なこと言わなかったら私だってなにもしないわよ! 前から思ってたけど、なんでいちいち私につっかかってくんの!?」
「それは……っ」
 ギルベルトはちょっと言いよどんだ。
「お前の全部がムカつくんだよ!」
「はぁっ!? こっちのセリフよ!」
「病室では静かにしてくれ。二人ともいい年なんだから」
 この中では最年少のルートヴィッヒが冷静に言うから、さすがに恥ずかしくなって、反省した。
「ごめんなさい、大人げなかったわ」
「……けっ」
 まだ怒りは収まらないけど、帰るとき、ギルベルトに蹴りでも入れてやればいい話だ。
「あの……」
 聞き覚えのある声がして、はっとする。声のした方を見れば、ローデリヒさんがいつの間にか目を覚ましていた。怪しむような顔で私たちを見ている。
「ローデリヒさん!」
 感極まって抱きついた。腕の中で、ローデリヒさんがびっくりしたように身体をすくませる。
「どこか痛いところはあるか?」
「少し、頭が痛みます……」
「わかった。ナースコールをするから少し待ってくれ」
 ルートヴィッヒはナースコールで看護師と話してるのに、兄のギルベルトの方は意地の悪い表情をする。
「ひょろひょろのくせに、よく生きてたな」
「もうっ、いいからあなたは黙ってて!」
「……あの、私はどうしてここに……」
「覚えてないんですか? ローデリヒさんは家で頭を打って、病院に運ばれたんです」
「……そう、ですか」
 ローデリヒさんはなぜか暗い顔をする。
「どうかしたんですか?」
「……思い出せないんです」
「事故のことですか?」
「事故のことも、なんですが……」
 紫色の瞳があてどなくさまよう。私を見ているけれど私なんか視界にも入っていない、そんな、ぼんやりした目で。
「なにも、思い出せないんです……自分のことさえも……」
 自分の耳が信じられなかった。信じたくなかった。
 ローデリヒさんの言葉がなにを意味するのか、わかるけれどわかりたくない。拒絶してしまいたい。
 私の淡い抵抗を、現実があざ笑う。
「貴方は、誰ですか……?」

     * * *

「……ねぇ、お願いがあるの」
「なんだよ」
「あのね、……ローデリヒさんに、私は恋人だっていうことを黙っててほしいの」
「それはかまわないが……なぜ黙っておくんだ」
「ローデリヒさんは責任感が強くてやさしい人だから、恋人の私のことまで忘れてるって知ったら、きっと自分を責めると思うの。そんなの嫌だから……」
 ギルベルトは眉を寄せてしかめ面をした。ルートヴィッヒの方は、不承不承って顔でうなずく。
「納得はいかないが……わかった」
「ありがとう、ルートヴィッヒちゃん」
 思わず、長いため息をついた。一つ片付いたような気がしたけど、まだまだ考えることはたくさんある。
「これから、どうなるのかしら」
「しばらくは入院になるんじゃねぇか」
「そうね……。退院したあとは、どうする?」
「俺は、あいつを一人で生活させるのは危ないと思う」
 ルートヴィッヒの言葉に、私とギルベルトはうなずいた。
「こうなったらしょうがねぇから、しばらくは俺たちの家に居候させてやるよ」
「ギルが自分からそんなこと言い出すなんて、変な感じ」
 いつも毛嫌いしてるのに。そう思っていたら、ギルベルトは苦笑いのような表情をする。
「一応、あれでも従兄弟(いとこ)だからな」
「そう……」
 ギルベルトは口は悪いけど、世話焼きだし面倒見もいい。ルートヴィッヒがいい子なのも、兄を見て育ったからかもしれない。……本人には絶対言わないけど。
「食事はどうする?」
「坊ちゃんに作らせるわけにはいかねぇだろ。キッチンが壊されちまう」
「それなら、交互に作るか……」
 二人が現実的な話をしてるのを聞きながら、私の中であせりがふくらんでいく。
 ――私は、婚約者になるはずだったのに。
 大切な人が大変な状況なのに、なにもできないなんて。ただ見てるしかできないなんて、そんなのいや……!
「……私も居候させて。私がローデリヒさんの面倒を見る」
 意を決してそう言ったら、二人はびっくりした。
「仕事はどうするんだ」
「私は元々、在宅ワークだもの。大学とか仕事とかで二人がいないのに、ローデリヒさんが家に一人で残されることがなくなったら、安心じゃない?」
「それはそうだけどよ……」
「もちろん、家政婦さんとかヘルパーさんとかを呼ぶ、っていう方法もあるわ。でも、知らない他人を家に入れるのって嫌だし、遠慮しない? それにお金もかかるじゃない。私なら気心は知れてるし、お給料もいらないわ」
 二人の表情で、満更でもないって思ってるのはわかる。きっと、あともうひと押し。
「料理も洗濯も買い物も、家事は私が全部やるわ。だからお願い……ローデリヒさんのそばにいさせて」
「……そんなに、あいつが大事なのかよ」
「当たり前じゃない。結婚するつもりだったんだから」
「でもあいつはお前のこと、覚えてねぇんだぞ」
 わかっていても、はっきり言葉にされると胸が痛い。ローデリヒさんと一緒にいたら、この先もっとつらい思いをするのかもしれない。
 ――でも、それがなんだっていうの。
「私は覚えてる。ローデリヒさんがプロポーズしてくれたことも、私を愛してくれてたことも、全部。たとえローデリヒさんが忘れちゃってても、それでも……」
 いとしいいとしい、私の恋人。方向音痴で少し古風で几帳面だけど、やさしくて案外かわいいところもある人。小さいころからずっと一緒にいた。ずっとすきだった。ローデリヒさん以外の人を愛せるはずない。
「……お前がそうしたいんなら、そうしろ」
 ギルベルトは面白くなさそうに言った。
「でも、ちょっとでも家事をサボったら、すぐ追いだしてやるからな。覚悟しとけよ」
「……本当、あなたって嫌な奴」
 ひどいことを言うくせにわがままを聞いてくれる、私の大事な幼なじみ。
「ありがとう。お世話になります」

     * * *

 端切れとか糸くずが散らばってる作業台の上を片づけてるうちに、あることに気づいた。
 ここにあるはずの指輪が、ない。
 最初はそのうち出てくるだろうと思ってたのに、作業台を全部整理しても出てこなかった。裏とか床とかも全部調べてみたけどない。ベッドの下や棚のすきまやゴミ箱、部屋中残らず見てみたのに、見つからない。
 さっきまで浮かれてた頭から、潮のように血の気が引く。
 どうして? 絶対あったはずなのに。なくすはずないのに。なくしちゃいけないものなのに。
 指先が冷たくなる。見つからなかったらどうしよう。ローデリヒさんになんて言って謝ろう。
 廊下を探してたら、部屋からローデリヒさんが出てきた。這いつくばってる私を見て、ぎょっとしたみたい。
「どうしたんですか?」
「指輪が見つからなくて……」
「指輪? いつも着けていたものですか?」
 うなずいたら、申しわけなさと悲しさが胸に押し寄せて涙がこぼれる。
「どうしよう……」
「大丈夫です。きっと見つかりますから」
「はい……」
「いつまで着けていたか思い出せますか?」
「明け方あたりまではあったんです……。お裁縫中に指輪のあたりを刺しちゃって、消毒しようと思って外して……」
「それから?」
「えっと……」
 すん、と鼻をすすり上げて、深呼吸して目をつぶる。気持ちを静めて思い出さなくちゃ。
 どこに置いたっけ? 命と同じくらい大事なものだから、傷をつけないようにしなくちゃと思って、……。
「思い出せません……」
「服のポケットは探しましたか?」
「あ……探してみます!」
 駆け足で脱衣所に向かう。ローデリヒさんもついてきた。脱衣かごから服を取り出して、全部のポケットを探る。
 でも、そこにも指輪はなかった。
 ポケットから落ちたかもしれないと思って、かごの底も脱衣所の床やすきまも全部探したけど、どこにもない。わざわざ洗濯機もどかして防水パンを見たけどやっぱりない。
「大事なものなのに……」
「まだあきらめるのは早いですよ。家中くまなく探してみましょう。意外なところから出てくるかもしれません」
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」

     * * *

「なんでなくしたんだよ。いつも着けてたじゃねぇか」
「裁縫中に外したらどこかに行っちゃって……」
「そんならキッチンじゃなくて部屋を探せよ」
「もう何回も探したわよ! ゴミ箱だってひっくり返したんだから!」
「それでなんで見つからねぇんだ」
「そんなの私が知りたいくらいよ! こんなに探してるのに、なんで見つからないんだろ……」
 じわじわ悲しくなってきて、ギルベルトの前でだけは絶対泣きたくないのに、視界が涙でにじむ。
「大事なものなのに。大事な人がくれたのに。自分が嫌すぎて、もう消えちゃいたい……」
 涙がこぼれそうになったその瞬間、ギルベルトが私の頭を自分の胸に引き寄せた。
「な、なによ」
「泣き顔、見られたくないんだろ?」
「……馬鹿」
 悔しいけど、やさしくされるとうれしくなってしまう。してるのがギルベルトなのが本当に悔しいけど。
「俺が、新しいの買ってやろうか」
「……なにを?」
「察しろよ! 指輪以外になにがあるんだよ」
「……は?」
 本気で理解できなくて顔を上げた。そしたら、ギルベルトは耳まで真っ赤にして私を見ている。
「前のより、ずっと豪華で綺麗なやつ、俺が買ってやる」
「あなたが買ったってしょうがないじゃない。あれは、ローデリヒさんがくれたから意味があるのに」
「……わかった、俺の言い方が悪かった。俺が言いたいのは、つまり」
 ギルベルトが痛いくらいの強さで抱き寄せる。赤い瞳も表情も、真剣そのものだった。
「俺と結婚してほしいんだ」
「……」
「……」
「……本気で、言ってるの?」
「冗談で言うわけないだろ」
「わかった、ドッキリでしょ? ルートヴィッヒちゃんが出てくるタイミング見計らってるとか?」
「はぐらかすな。俺は今、ガチでプロポーズしたんだぞ」


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