願いごと一つだけ
「イタリアァアアァァァッ!」
私の目覚まし時計は、今日もドイツの怒鳴り声だった。
もう少し寝ていたかったけど、しぶしぶ目をこすって身体を起こす。あくびを一つ。
「どうしたの……?」
「『どうしたの』じゃない! 前から言っているだろう、俺のベッドに勝手に入ってくるなと!」
それはわかってる。何度も言われてるし。だけど。
「ドイツと一緒に寝るの気持ちいいんだよー」
ムキムキがあったかいし、なにより、人肌って安心する。
だけど、理由はそれだけじゃない。今まで言ったことないけど、本当はもう一つ理由がある。……ドイツが、好きだから。だからちょっとでも一緒にいたくて、怒られるってわかってるけどベッドに忍びこむ。
無防備な寝顔を見ていると、いつも甘ずっぱい気持ちになる。目を開けてやさしく見つめてほしい。シーツの上に投げ出された腕で強く抱きしめてほしい。
もちろん、起きてるときだって、私が頼んだらドイツはそうしてくれる。けど、それは「友だち」に対するものだ。そうじゃなくて、「恋人」として。
寝てる間に、キスしようかどうかどきどきしながら迷って、いつも勇気が出なくてしょんぼりすることを、ドイツは知らない。
「……いい加減にしろ」
いつもならあきれた顔でため息をついて許してくれるのに、今日のドイツは違った。びっくりするほど低い声でそうつぶやいて、私の腕を握った。
締め上げるみたいに強い力。痛いのもそうなんだけど、かなり本気で怒ってるらしい様子が伝わってきて、こわくてドイツから目がそらせない。
「恋人でもない俺と一緒に寝て、一体なんのつもりだ」
「……」
「俺が驚くのを見るのがそんなに楽しいか」
違う。違うよ。私はドイツをからかってなんかない。
そう言いたいのにこわくて声が出ない。怒りでぎらぎらと燃える、アイスブルーの瞳。
「襲われるかもしれないと考えたことはないのか」
……ないわけじゃない。
ドイツは自制心が強い人だけど、だからって、挑発するようなことをあんまりしちゃいけないのはわかってた。
だけど、ドイツだから。ドイツならきっとそういうことしないって、私はすっかり信頼してた。だけどそれは、ドイツからしたら、からかってるとか試してるとか遊んでるとか、そういう風に見えたのかもしれない。
誤解を解かなくちゃいけないと思うのに、唇が凍りついて動かない。
「……それとも、襲われてもいいのか」
腕をつかんでいないほうの手が伸びてきて、私の肩口のむき出しの肌をなでた。急に寒気がして、鳥肌が立つ。ドイツが男で私が女なんだってこと、はじめて意識したかもしれない。
ドイツが好き。恋人になりたいって思う。恋人になったらいっぱいキスしたいし、お互いにそういう気持ちになったら……そういうことをしてもいいと思う。
だけど、それはあくまで付き合ってからの話で、付き合うどころか私の気持ちを伝える前に一線を越えたいわけじゃない。いくらドイツが好きでも、ううん、好きだから、身体だけの関係はいやだ。
ましてや襲うなんて、そんなのひどすぎる。たとえドイツでも、私の尊厳をずたずたにする行為は許せない。私は節操なしじゃないし、レイプ願望なんてない。
だけど、私はドイツにそう思われてたのかな。
誰彼かまわず男の人のベッドにもぐりこんで、襲われるのを待ってる、貞操のない女だって。……そんなの最低だ。そう思われる私も、もしかしたらそう考えてるのかもしれないドイツも。
「なんとか言ったらどうだ」
身体がふるえる。止められない。抑えられない。こわい。目をそらせない。
「……出ていけ!」
強引に腕を引っぱられて、とっさにその場にうずくまった。腕が抜けそうなくらい力任せに引っぱられたけど、シーツにしがみついて抵抗する。
このまま追い出されたら、もう二度とドイツと話せない気がする。「友だち」にすら戻れないかもしれない。
「っご、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
泣きながら叫ぶ。それでもぐいぐいと引く力は弱まらない。
「お願い、怒らないで。謝るから、何回でも謝るから、怒らないで! ごめんなさい! ごめんなさい!」
どうしよう。ドイツに話を聞いてもらえなかったらどうしよう。ドイツに嫌われたらどうしよう。こわい。すごくこわい。
「私、そんなつもりじゃなくて、ただ、私は」
言うしかない。こんな状況で言うつもりじゃなかったけど。
「私は、ドイツが好きで、だから」
「だったら兄貴のところに行けばいいだろう!」
「ちっ、違うよ! そういうことじゃなくて!」
「じゃあどういうことだ!」
「だから、私はドイツが好き!」
いきなり静かになった。引っぱる力もなくなった。ドイツは不意打ちされたような顔をしていた。
「ドイツが好き」
もう一度言うと、表情ははっきりと驚きに変わる。瞳がこぼれ落ちそうなほど大きく目をひらいている。
今なら話を聞いてもらえそうな気がして、早口で言った。
「ただ、ドイツと一緒にいたかっただけなんだよ。ドイツなら大丈夫だって信頼してたから一緒に寝たんだよ。からかったつもりなんてないよ。襲われてもいいとも思ってない。本当だよ。お願い、信じて」
ドイツはなにも言わなかった。
どうしよう、まだ怒ってる? 私の話が信じられなかった? それともますます軽蔑された?
おそるおそる様子をうかがう。びっくりした顔のまま、ドイツは動かない。まるでそこだけ時間が止まってるみたいだ。
「ドイツ?」
そーっと呼びかける。ドイツは息を吹き返したようにまばたきをした。私を見て、腕をつかんだままだと気づいて、あせったように手を離して、口元を押さえた。そしていきなりかがみこむ。
「……イタリア」
「ごっ、ごめんなさい! なんでもするから怒らないで!」
大きなため息が聞こえた。ドイツはその場にぺたりと腰を落として座りこんだ。……どうしたんだろう。
「怒らないから、とりあえず人の話は黙って聞け。いいな?」
「う、うん」
「……俺は、残念だったんだ。薄着で俺のベッドに何回も忍びこんでくるから、お前は……その……尻軽なのかと思って」
違う。絶対そんなことない。反論したかったけど、言われたとおりに黙っていた。
「何度言ってもお前は聞かなかっただろう。俺の忠告が省みられないことも残念だった」
「……」
「お前の中で、俺は男の勘定のうちに入っていないのかと思うと、残念で腹が立って……。乱暴なことをしてすまない。腕は痛くないか」
「ちょっと痛い」
「待ってろ。氷でも取ってくる」
気まずそうな顔で、立ち上がって部屋を出ようとするドイツの腰にしがみついた。さっきシーツにしがみついたのは、追い出されたくなかったから。今度は、ドイツを逃がしたくないから。
「ねぇ、私、告白したんだよ?」
うぐ、とドイツがうろたえた。
「返事は聞かせてくれないの?」
「い、今か?」
「今」
「どうしても今か? 朝食のあとはどうだ?」
「今」
「……わかった」
ドイツが振り返った。涙でちょっと腫れてる私の目元を慎重にこする。ドイツらしい不器用なやさしさが、瞳に詰まっていた。どきりと心臓が揺れて、じわりと身体が熱くなる。頬にふれた手も熱くて、一緒にとけてしまいそう。
だけど、不意にドイツの表情がくもる。
「一応、言っておくことがある」
「なに?」
「さっきお前は、俺を信頼していると言ったが……俺は、そんな人間じゃない」
つらそうに目をそらされた。ドイツらしくなくてちょっと驚いた。
「そんなことないよ! ドイツはいつだって頼りになるよ! ムキムキだし力もあるし!」
「そういうことじゃない。俺は……寝ているお前に、手を出しそうになったことがある」
今度どきりとしたのは、ときめきとは違うものだった。間一髪で災難を逃れていたことをあとから知ったときの、ぞっと背中が冷たくなる感じに似てる。できすぎた幸運が、誰かの作り物のように思えて。
「我に返ってやめたが、一歩間違えていれば、俺は」
「ドイツ……」
「そんな俺でも、いいのか」
答えなんて決まってる。だから迷わずに言った。
「そんなドイツだからいいんだよ」
「え?」
「言わなきゃわかんないようなことをわざわざ自分からバラしちゃうような、生真面目なドイツだから好きなんだよ」
「……イタリア」
強く抱きしめられた。大きな背中に腕を回して、ほぅ、と小さく息をつく。
「俺も、お前が、すきだ」
片言みたいにぎこちない言葉。だけど、ずっと聞きたかった言葉。
願いごとはほとんど叶った。残りは、あと一つだけ。
「……キス、して」
まぶたを閉じて、そのときを、待った。
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