左手首に誠実2
体感としてはのんびりだったが、午後の時間の流れは早かった。
アトラクションを二つ三つ回ったあと、園内のハトにエサをやったらものすごい勢いで集まってしまった。他の来場者もエサやりをはじめて黒山のハトだかりができたあたりで「エサやり禁止」の看板を見つけたので、そっとその場を立ち去った。
動物のふれ合い広場に行くと、やたら大型犬になつかれた。実家では三匹飼っているのでそのせいだろうか。フリスビー投げで遊んでやっていると、気づいたときには彼女が隣にいなかった。
しかしすぐに彼女は見つかった。ウサギやモルモットやヒヨコなどの小動物のコーナーで、小学生に混じってなでたりだっこしたりしていた。頼まれて、彼女の携帯で数枚撮った。
自分の携帯でも撮っておけばよかったと気づいたのは広場を出た直後だ。彼女に言えば必ず転送してもらえるだろうが、なんとなく恥ずかしくて言い出せない。考えてみれば、出会ってから三年になるのに彼女の写真は一枚も持っていなかった。ツーショットで写ったことや、誰かのカメラで撮影をしたことは何度かあるが。
ほぼ毎日会っていると、なにかの機会がない限り写真を撮る気が起こらないのだ。趣味や行事でもないのに家族やクラスメートや同僚の写真を撮る者は少ないだろうし、そんな人物がいたら変に思うだろう。
少なくとも、親密な人付き合いが上手ではない彼からすると、わけもなく写真を撮るのは難易度が高いのだ。どんな理由でどんな言葉で撮影許可を取ればいいのか、堅苦しく考えてしまう。
彼女なら、そのあたりはすっ飛ばして「撮りたいから撮る」というシンプルな理由で行動に移すに違いない。自分とは違うから惹かれるのだろうかと、当初とはずいぶん脱線したことを考えた。
そのあとは怖がりのくせに好奇心旺盛で挑戦したがりの彼女に付き合ってお化け屋敷に入った。超常現象や生物学的にあり得ない生命体の存在には畏怖(いふ)を覚えるが、最初から作り物だとわかっているお化け屋敷なら、まったくこわくないし平気だ。
腕にべったりしがみついて、わかりやすいギミックにいちいち驚いて半泣きになる彼女はなんというか、ストレートに言えば――ものすごく可愛かった。庇護欲があふれだしてどうしようもなくなり、立ち止まってしまったくらいだ。
彼女は自分に気を遣ってゆっくり進むようにしているのだと思っているらしかったが、それもまた正しい。
だが、本当に怖がってどうしようもないなら彼女を抱き上げてさっさと出口に進むこともできるのだ。それをしないのは、おびえてすがる彼女の反応をもっと見ていたい彼と、怖がることを楽しんでいる彼女の思惑が一致しているからだ。
後者はともかく前者はどうなんだ、と自分でもあきれてしまう。
自分の気持ちを自覚してからというもの、今まで以上に彼女が愛しく思えてしょうがない。なにをしても可愛い。身体からハートが零れ落ちているような錯覚まである。
なぜ、自分が彼女をこんなにすきだということに気づかなかったのか、疑問にすら思う。……いや、うすうすは気づいていたのだ。だが見ないようにしていた。
なぜなら彼は、「ボディーガード」だったのだから。――そう、「恋人」になった今も、その枠組みは確実にある。
「……」
「ルーイ!」
涙目になって彼のそでにすがりつくフェリシアーナ。背中をなでると、ほっとした顔をする。
「大丈夫だ。……俺が守る」
「うん!」
心のどこかで、ちくりと痛むものがある。目をそらしても、視界の端にとどまり続けた。
陽が落ちて、今日最後のアトラクションとして選んだのは観覧車だ。
街並みの規則的な配列の灯りと、遊園地の幻想的で幾何学的な配列な灯りを、鳥の視点のような高さから一望する。隣に座っている彼女は、夢中になって窓から景色を見下ろしている。
「ねぇルーイ」
「ん?」
「いつから私のことすきだったの?」
むせそうになった。
「なっ、なんだ急に」
「聞きたいなーと思って。ね、いつから?」
言い逃れは無理そうだ。いたたまれずに、窓の外に視線を向けた。
「……自分でもよくわからない。『すきだ』と言う直前まで、自分の気持ちがわからなかったからな」
「そうなんだ。でも、合格して海に行ったときキスしようとしたよね?」
今度こそ本当にむせた。
「あっあれは! その……つまりだな……」
「つまり?」
もごもごと口ごもっていたが、深くため息をついて、投了した。
「……つまり、あのころかその前から、すきだったんだろうな」
恥ずかしすぎて死にそうだ。言わせた本人である彼女ですら、頬を染めている。だがここで引き下がる彼女ではなかった。
「あのときキスしちゃえばよかったのに。なんで途中でやめちゃったの?」
可愛らしく見えて大胆不敵だ。彼女には勝てる気がしない。
「俺はボディーガードだ。恋人でもないのに、そういうことはするべきじゃない」
意識の隅から、なにかが躍り出ようとする。
「でも、今は、恋人だよ?」
空気が変わるのを感じた。こちらを見上げる大きな瞳に、自分が映りこんでいる。こめかみのあたりに指先でふれる。彼女の腕が背中に回った。目を閉じるのが見えて、腰を抱き寄せようとした、のだが。
「お疲れ様です、降りてください」
いきなり観覧車のドアがひらく。いつの間にか一周して下まで戻ってきていたらしい。
「あちゃー」と言いたそうな従業員の表情を見るにつけ、羞恥心が湧き上がる。ぽかんとした表情の彼女の手を取り、荷物を一まとめに抱えて、逃げるようにその場を立ち去った。
早足で歩く彼に引っぱられるがままだった彼女だったが、そのうちくすくすと笑い出し、やがて身体を折り曲げるほど笑いくずれる。
「笑いすぎだ!」
「だっておかしいじゃん。なんだか漫画みたい。もう、ルーイ真っ赤だよ?」
「当たり前だ」
「係の人もすっごい気まずそうな顔してて、もう、死んじゃいそう」
どうやらこの笑いは恥ずかしさの裏返しらしい。その気持ちはわからなくもないが、今の彼にそんな余裕はなかった。ひたすら恥ずかしくて気まずくてしょうがない。
「ルーイ」
「……」
「あ、怒ってる?」
「怒ってはいない。自分の注意散漫さが嫌になっているだけだ」
「じゃあ今度乗るときは、下につくまえにキスしようね」
そういう問題か、とつっこもうとして、そういう問題だと気づいた。ため息と共に脱力してしまう。
「でも、二人で乗れて楽しかったよ。景色も綺麗だったし」
「……そうだな」
「また来ようよ。二人で。デートで。ね?」
「……そうだな」
「元気出してよ」
なぐさめるように背中を叩かれても、今ばかりは気持ちが休まらなかった。
家に送ったらそのまま帰るつもりだったのだが、誘われて、つい家に上がってしまった。
ロヴィーナはアントーニョとデートらしく、家にいない。つまりは二人きりで、そう意識すると落ち着かない。
ダイニングで、温め直した弁当を食べた。弁当箱に入りきらずに冷蔵庫行きになったおかずもあったと聞かされて驚いてしまった。彼女は何人分を想定していたのだろう。
夕飯を済ませて、今度こそすぐに帰ろうとした。だが彼女があまりにさびしそうにするので、情にほだされ、結局彼女の部屋に入ってしまった。
少し小物が増えたくらいで、家具の配置は変わっていない。異分子のようで気まずく感じてしまうことも、同じく変わらない。ベッドを椅子代わりにして腰かける。
「今日はすっごく楽しかったよー。ルーイは?」
「俺もだ」
「よかった」
他愛ない会話をするだけで心が和む。その空気に便乗するように、気になっていたことを訊いてみた。
「俺に、いつすきになったのか訊いたな。そう言うお前はどうなんだ」
「え、私? 私はね、うーんと……」
瞳をくるりと回して思案する。考え考えしながら、ぽつぽつとつぶやく。
「ルーイがすきなんだって気づいたのは、アルフレッドとデートした日だったよ」
「そうなのか?」
「うん。アルフレッドといるのに、ずっとルーイのこと考えてた。……悪いことしたなぁと思ってるよ」
誤解でつかみかかったことがあるだけに、うまいフォローの言葉が浮かばない。
しかし、海で撮影したときのあの態度からすると、あの男はフェリシアーナが彼をすきだということに気づいていたのだろう。今考えてみると、それでつじつまが合う気がした。
「だけど、ターニングポイントは海でキスされそうになったときかな。あのとき、はじめてルーイが『男の人』に見えた気がする」
「男」に反応して、つい、眉をしかめてしまう。
「その割には行動に慎みがなさすぎだ。俺がどれだけ困ったと思ってる」
「ごめんね。でも悪気はなかったんだよ。すきだから、いっぱい一緒にいたかったんだ」
そんなことを言われては、しかめっ面でいる方が難しい。いつだって、陥落するのは彼の方だ。
「……しょうがないな」
「うん、しょうがないよ。すきなんだから」
うれしいような恥ずかしいような甘い空気が漂う。熱っぽい瞳に招かれるように、唇を重ねた。
「……もっと」
角度を変えて、何度も、やわらかい唇を貪欲に味わう。指先がシャツをつかむ。は、と細い吐息。夢見るようにとろんとした瞳。頭が割れそうだ。愛しくて。
重心を移動させると、ぎしりとベッドがきしむ。彼の体重に負けて、フェリシアーナがシーツに背中をつける。押し倒した格好になって、なおさら衝動はエスカレートする。
「ルー……イ」
彼女が腕を広げる。その中に包まれた。熱い。彼女と自分の身体が。唇でふれた耳ですら、ひどく燃え上がっていた。
白いのどの皮膚を舌先でなでる。彼女はぴくんとふるえて、小さく声をもらした。嫌がるどころかよがっているような。……ぞくぞくする。
「フェリシアーナ……」
呼ぶ声には隠しきれない欲望がにじんでいる。ためしに右手でわきの下のあたりをさわっても嫌がられなかったのをいいことに、そろりとすべらせる。
下着のワイヤーの硬い手ざわりと、激しく脈打つ鼓動を感じた。よく見れば、胸が拍動に合わせてふるえている。そこだけが小動物のようだ。
もっとよく見たい。思ったまま、服をたくし上げた。薄手の白い肌着に、緑の下着と肌が透けている。隠そうとする右手に、指を絡めてベッドの上に押しつけ抵抗を奪う。すがるようにきつく握られた。
彼女は不安そうな顔をしている。安心させるためにキスをして、右手を握り直し、「大丈夫だ」と低くささやくとうなずいた。
股間の膨らみを、服ごしに彼女の股にこすりつける。恥ずかしそうにぎゅっと目を閉じた。目元が赤い。なぞるように腰を動かすと、膝を行儀よく揃えて足を閉じてしまった。
「っぁ、……ルーイぃ」
泣く寸前にも似ている甘えた声が可愛い。華奢な造りの鎖骨を吸い上げる。唇をふさいで、彼女の左手もふさごうとして、手首につけているものにふれた。なにかと思って見れば、腕時計だ。
それは、社長が、十七歳の誕生日に彼女たちに贈った――
「……っ」
ぎくりとした。改めて彼女を見れば、ひどい状態だ。
シーツの上に広がった髪。のどは唾液でうっすら濡れている。鎖骨には不自然な赤い痕。服はまくり上げられて、肌着は無理に引き下げられ、片方の胸だけ下着が露出していた。
肌はなまめかしく上気して、は、は、と短く浅い呼吸が唇からもれる。かたく閉じられたまぶたの端に、涙がかすかににじんでいた。右手は指先が白くなるほど彼の手を握っている。それは抵抗ではなく、すべてをゆだねる意思表示だった。
急におそろしくなって、絡みつく指を無理やりほどいた。乱れた服を直してやって、身体を起こす。ベッドのそばにある窓が結露で白くくもって、幾筋も雫が滴(したた)っていた。
やりきれない気分になって、目を手のひらでおおい、深くため息をつく。すさまじい自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだ。
ぎしりとベッドがきしんで、どうやらフェリシアーナも起き上がったらしい。顔をのぞきこむ気配がした。
「ルーイ?」
彼女の声には様々な感情が混ざっていた。いきなり止められてしまった驚き。様子のおかしい彼の心配。襲ったことを責める調子はまったくない。それがまた、心苦しい。
「どうしたの?」
「……こわくなかったのか」
「え?」
「俺にあんなことをされて、平気だったのか。嫌だと思わなかったのか」
とがめるような口調はお門違いだ。それでも、自分への怒りがおさまらない。
「ルーイがこんなことするんだ、ってびっくりして……少しこわかったけど、嫌ではなかったよ」
「あのまま俺に抱かれてもよかったのか」
彼女は沈黙した。目をおおっていた手をどけてまぶたを開けると、考えている様子だった。
ちら、と彼を見た瞳は、まだ熱く濡れている。
「よかった、よ。ルーイならいいって、思った」
「……なぜだ」
「ルーイがすきだから。それに……ルーイだって、私がすきだから、こういうことしたんだよね? そうでしょ?」
鎖骨に残っている痛々しい赤。抵抗されないのをいいことに、やわらかい身体を侵蝕した生々しい記憶が脳を焼く。
こわかった、と彼女は言った。けだものと化した男に襲われたのだから当然だろう。それを汲(く)み取ることができず、目先の欲に目がくらんだ自分に腹が立つ。
守る、と約束した。その言葉も心も嘘ではない。本当にそう思った。社長に彼女のボディーガードに任命されてから、ずっと。
左手の腕時計を見る。誕生日パーティーで、孫娘たちを猫可愛がりしていた様子や、嫁にやりたくないと騒いでいた光景はよく覚えている。いつだったか、「手を出すな」と釘を刺されていたことも、数珠つなぎに思い出した。
掌中(しょうちゅう)の珠(たま)として慈(いつく)しむ孫娘に異性のボディーガードをつけるとき、なにを求められているのかわからないほど愚かではないつもりだ。
それでも、もう取り返しがつかないくらい、すきになってしまった。
「……すまない」
「なにが?」
「俺はお前を抱けない」
窒息したように息を詰まらせる。みるみる鼻が赤くなり、眉が寄せられ、瞳がうるんだ。
「なんで? ……私のこと、きらい?」
「すきだ。だからこそ、できない」
「わけわかんないよ!」
「俺は、社長を裏切れない」
なぜ祖父の話が出てくるのか、彼女は理解できないようだった。戸惑う気配が伝わってくる。だが彼にとってはなによりも大事なことだった。
「裏切れないって、どういうこと? なんで爺ちゃんが関係あるの?」
「俺がボディーガードになれたのは、社長が俺を信頼しているからだ」
目に入れても痛くないほど溺愛している孫娘を守るはずのボディーガードが、職務を忘れて孫娘をたぶらかしている。二人の関係を知れば、社長はこう思うだろう。
「だから、きちんと報告するのが俺の責任だと思う」
「……言わなくてもいいじゃん。秘密にしようよ」
「無理だ」
今日一日過ごしてみて、自分がどれほど彼女をすきで、自覚してしまった感情を抑えることがどれほど難しいかわかった。本来の彼なら、いくらいいムードになっても観覧車でキスしようなどとは思わなかったはずだ。
「自分の気持ちに嘘をつきたくない。堂々としていたい。……だから、社長に隠してこそこそするのは、どうしてもできない」
「……」
彼女は目を伏せた。まつげがふるえている。不安を押さえつけるかのように胸元で組んだ手の指先は、力がこもりすぎて白くなっている。
「爺ちゃんがだめって言ったら? そしたら、別れる? 私のこと、きらいになる?」
彼女が社長に二人の関係を隠そうとするのは、怠惰や卑怯からではないことにようやく気づいた。
なぜわからなかったのだろう。彼女は、彼が自分のそばからいなくなることにおびえているのだ。
ボディーガードをやめると言ったとき、ほとんど半狂乱で引き留められた。さっきも、こわがっていたのにされるがままになっていたのは、嫌がったら彼にきらわれるという思いこみがあったからではないだろうか。
「フェリシアーナ」
失うことをひたすらおそれる彼女の脆さと弱さをわずかでも癒したくて、ふるえる身体を抱きしめる。背中にすがりつく、華奢な腕。今日感じた中でも一番強く、彼女を愛しいと思った。
抱きしめられながら彼女は泣いていた。恐怖と愛情の間に挟まれて、どうしようもないジレンマが全身を苛(さいな)んで、苦しんでいる。
「私は、ルーイがすきだよ。ルーイも私がすきで、……それだけじゃ、だめなのかな」
彼らがただの男と女だったのなら、それでよかったのだ。だが、「恋人」になってもまだ、「ボディーガード」の枷は消えない。そしてそれがあるからこそ二人はつながっている。……彼女も、きっとわかっているのだろう。
しゃくり上げる背中をさすり、ひたいやまぶたや耳にキスをして気持ちを落ち着かせる。だんだん嗚咽がおさまってきたのを見計らって、そっとささやいた。
「社長が俺を信頼しているように、俺も、誠実でありたいと思うんだ」
「……」
「お前を、愛しているから」
彼女はなんと言うのだろうか。
不安がない交ぜになる胸の中で、ひたすら待ちわびる。どんな答えが返ってきても、冷静でいられるように。
「……ルーイって、本当に」
濡れたまぶたをこすりながら、彼女はつぶやくように言った。
「真面目なんだから」
あきれとあきらめと笑いを含んだ声は、承諾の意を伝えている。胸がいっぱいになってしばらく言葉が出なかった。
月日の流れに思いをはせる。出会ったころはあどけなさの残る少女だった彼女も、臆病者だった彼も、今は、少し「大人」になった。
「……すまない」
「ううん。私は、ルーイのそういうところがすきになったから。だから、これでいいんだ」
彼女が顔を上げる。射抜くような真剣な眼差し。逃げ続けてもいつかは必ず向き合わなくてはいけない。
「……キス、して」
おずおずと唇をふれ合わせる。涙がにじんでかすかに塩辛い。指と指が絡まる。
大事にしたい。守りたい。そばにいたい。この幸せを、「ボディーガード」としてではなく「恋人」として、後ろ暗さを感じることなく手に入れたい。
「近いうちに、社長に会って話をするつもりだ」
彼女はうなずき、さらりと言った。
「私も行く」
予想外の言葉が飛び出して、目をみはるしかなかった。表情は真剣そのもので、冗談や気まぐれのものではない。
「なんでそんなに驚いてるの? 私が一番の当事者だよ。のけ者にされる方がおかしい」
「それはそうだが……」
確かに正しい。正しいのだが、不安だ。
彼女の立場上、彼と社長の間に入って、橋渡し役や仲介役にならざるを得ないだろう。うまく立ち回れるとは思えない。むしろ問題を引き起こしそうだ。
仮に彼女に如才なくその役目をこなせる能力があったとしても、させたくなかった。大切な二人の間で彼女を板挟みにして悩ませたくない。
当たり前だ。彼にとっても、彼女は大切な人なのだから。
しかし、そう説いて聞かせて、彼女は納得するだろうか。すんなり引き下がるだろうか。こんなにやる気に満ちた目をしているのに。
そして彼女は、ときどき、おそろしく頑固なのだ。
「ルーイがなんて言ったって、私、絶対行く」
「つらい思いをするかもしれないんだぞ。俺と社長が二人ともお前を責めたらどうする」
「そんなのありえないよ。だって、私の彼氏と私の爺ちゃんだもん」
「……」
この謎の説得力というか信憑性は一体なんなのだろう。彼も社長もなんだかんだで自分には甘いのを熟知しているあたり、したたかだ。無自覚だろうが。
彼女以上にもっともらしいことを言える気がしない。ため息をつくと、了承と取ったらしい。にこりと笑った。
それを見せられては、もう完封負けだ。しょうがないな、と苦笑しつつ、栗色の髪をなでる。
「私、がんばるよ」
「……あまり無理はするな。つらかったら、俺が全部引き受ける」
「大丈夫」
彼女は、彼の胸に頬をすり寄せた。つないでいた手をひらいたり閉じたりしていたが、急に、ぎゅっと握りしめる。
「……ルーイ」
「ん?」
「もし爺ちゃんが反対しても、私の気持ちは、ルーイをすきなまま変わらないからね……?」
「ああ」
小さな背中をやさしくなでる。痛くならない程度に握り返す。あたたかい、そう思った。
「俺も、変わらない」
変わるはずがない。もがいてあがいて悩んで、遠回りや過ちのはてに、ようやく手に入れたばかりの恋なのに。
視界が彼女だけにしぼられて、あとから考えると羞恥で死にそうな行動を取ってしまう。彼女の何気ないしぐさや言葉の可愛さにいちいち踊らされている自分がむずがゆくてしょうがない。
そんな自分もいることがようやくわかりはじめて、それも悪くないと思えるようになったばかりなのだ。
まだ彼女のそばにいたい。守りたい。「恋人」として彼女と共にやりたいことがたくさんある。たとえば、手料理を食べさせてやったり、観覧車でキスをしたり。他愛なくてとりとめもないことを、一つずつ、積み重ねていきたい。
「すきだ」
「もう一回言って」
「すきだ」
「私も、すき。ルーイが大すき」
フェリシアーナの声は、希望に満ちあふれていた。
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11/05/31